理想の英雄の物語『チェーザレ 破壊の創造者』惣領冬実作
『チェーザレ 破壊の創造者』は、ルネッサンス期に活躍したイタリアの英雄、チェーザレ・ボルジアという実在の人物を描いた漫画です。『モーニング』で、2005年から連載しています。
作者は、惣領冬実さん。代表作には『ボーイフレンド』、『MARS』などがあります。私が初めて惣領冬実さんの作品を読んだのは、小学校の時ですが、きれいな絵とおしゃれでドラマチックなストーリーがとても印象的でした。
私が、チェーザレ・ボルジアに興味を持ったのは、チェーザレ・ボルジアは『君主論』を執筆したマキャベリが理想とした伝説の英雄だと知ったからでした。
マキャベリは、政治と倫理およびキリスト教が一体と考えられてきた西欧の一般的な考え方に与せず、両者を切り離すべきという、客観的・合理的な考えをもった政治思想家でした。当時の評価はあまり高くなかったのですが、今では近代的政治学の始祖として高く評価されています。
惣領冬実さんが『チェーザレ 破壊の創造者』の作者だと知って、ビックリして二度見してしまいました。惣領冬実さんの漫画だからとこれを手にした方はちょっと驚くかもしれませんね。『ボーイフレンド』、『MARS』のような美男美女が繰り広げるおしゃれでドラマチックな少女漫画とは異なり、壮大で重厚な歴史漫画となっています。
史実に沿った重厚な作品
中身も重厚なら、見た目も重厚。貴重な書物を思わせるような凝った表紙のデザインとなっています。開いてみないと漫画とは思えない異色のカバーです。
この作品は、チェーザレ・ボルジアの史料として最も信憑性の高いとされている本邦未訳のG・サチェルドーテ版の伝記を翻訳、資料の収集・分析をしつつ製作にあたっているとのこと。さらに、東海大学の准教授で、イタリア文学ルネサンス文化・歴史を専門とする原基晶先生が監修しています。
物語だけでなく描画の細部に至るまで極めて史実に沿った作品に仕上げているということで、その品質を維持するため不定期連載となっています。珍しい連載形態かもしれませんね。
綿密な時代考証を経て、中世の町並や建築美術から当時の衣装や風俗に至るまで見事に復元されているため、日本だけでなくイタリアなどでも高く評価され、イタリア語にも翻訳されています。逆輸入ということになるんでしょうか?まさに、異例尽くしの漫画。
知識のない私が何を偉そうに……と我ながら思うのですが、素人の私でもそのすごさに感動することは確かです。描写全てが質の高い映画のような美しさ。肖像画から抜け出てきたかのようなリアルな人々。必殺仕事人ばりの作者の職人技は圧巻です。
チェーザレ・ボルジアの人物像
もともと私がチェーザレ・ボルジアに持っていた印象は、野心家で冷酷な人物。まるっきり悪者のように思っており、歴史上どういう出来事にかかわっているのかすら知りませんでした。私が世界史音痴だから?世界史の勉強をしてないから?と思い、高校で世界史を選択した人に尋ねてみたのですが、チェーザレ・ボルジアについては、高校ではあまり詳しく習わないようですね。
チェーザレ・ボルジアは、イタリア半島が戦乱期であった中世に、ローマに生まれイタリア半島統一を目指したという、日本でいうと織田信長に当たるような人です。教皇である父親の権威と財政的援助を後ろ盾として、瞬く間に領土を広げていくという快進撃を続けました。そして……。結末は書かないでおきますね。
それにしても、イタリア版織田信長なら、日本でも人気があるはずなのです。なぜこんな悪い印象を持つことになったのでしょうか?調べてみたら、どうやら、ボルジア家の長年の政敵であったローヴェレ枢機卿がチェーザレ・ボルジアの悪評を広めたことが一因であることがわかりました。しかし、事実無根なものが多いものの、全部の噂がゼロを百に盛ったというわけでもないようです。
チェーザレには、当時混乱していたイタリア半島を統一するという野望がありました。知略謀略が張り巡らされる政治の世界で、「目的のためには手段を択ばない」という冷酷な面を持ち合わせていないと何かを成し遂げることはできません。それに伴うチェーザレの周りで起こる不穏な死、さらには教皇と娼婦の子というスキャンダラスなチェーザレの血筋など、そういった事実をもとに尾ひれをつけた悪評はより一層真実味を帯びてしまうという……敵が多い人物の宿命なのかもしれませんね。
冒頭でも触れましたが、チェーザレは『君主論』を執筆したマキャベリが理想とした伝説の英雄です。マキャベリは、国家を安定させることを第一と考え、その目的のためには合理的になる必要がある、つまり、必要ならば非情な手段をとって然るべきと考えています。最大多数の最大幸福を優先するためには、多少の犠牲はやむなし。君主たるもの、国を転覆させ多くの犠牲を出すことは許されません。一見、非常に冷酷な考えのように思えますが、歴史を勉強すればするほど、綺麗ごとだけでは国は守っていけないというのが、偽らざる真実です。そう思ってマキャベリの言葉に耳を傾けてみると、マキャベリは冷酷というよりも冷静、むしろ非常に正直で率直だと感じます。
織田信長も残酷で冷酷な面を持ち合わせていました。「比叡山焼き討ち」「一向一揆殲滅」などの大量殺戮を行ったことは有名です。人の上に立つ者は、時に冷酷になることも必要で、そういう“君主”たる度量がないと天下統一はできないのかもしれません。明智光秀が天下統一していたら、織田信長の悪い側面が誇張され、希代の大悪人となっていたのかもしれませんね。
それでは、『チェーザレ 破壊の創造者』では、主人公のチェーザレはどのように描かれているのでしょうか。最も信憑性の高いとされているG・サチェルドーテ版の伝記がもととなっていると聞いて期待が高まります。
『チェーザレ 破壊の創造者』のチェーザレは、少年時代から描かれています。チェーザレは少年らしさを失わず、先入観にとらわれない柔軟な考え方を持つという、機知に富んだ神童。しかし、美しい容姿の裏に、冷徹で抜かりない部分も持ち合わせています。
しかし、冷酷な面がクローズアップされるわけではなく、むしろ「理想の君主」をめざす少年の姿がとても魅力的に映ります。政敵が作り出したチェーザレ像よりもむしろマキャベリの『君主論』のチェーザレ像に近い感じでしょうか。誰しも、非の打ち所がない優れた資質と大きな理想を持ち合わせたチェーザレの虜になってしまうに違いありません。
物語では、架空の人物を織り交ぜつつ、当時の権力者・有名人がたくさん出てきます。コロンブスやレオナルド・ダヴィンチ、ミケランジェロ、メディチ家などなど……もちろんマキャベリも登場します。残念ながら、チェーザレ・ボルジアゆかりの人物たちの方が、高校の教科書では有名人のようですね。この時代については、主に美術史について習うようです。しかし、『チェーザレ 破壊の創造者』を読んで、チェーザレを知ってしまった今では、チェーザレのことを知らないなんて、とてももったいない気がします。チェーザレの人生は波乱万丈。巻が進むにつれどんどん引き込まれ、読み始めたらなかなか途中でやめられません。
“チェーザレ”は、ラテン語では、ローマ帝国の礎を築いたカエサルと同じ名前となるそうです。類まれな才能を持ったチェーザレの物語『チェーザレ 破壊の創造者』。少しでもご興味を持たれたら、是非読んでみてくださいね。丁寧な解説などがあり、予備知識なしで読んでも楽しめるようになっています。
また、ヨーロッパ史を掘り下げて勉強しなくてはならない大学生の方などは、この漫画を読むとすっきり理解できるのではないでしょうか?もしかしたら、私のように、チェーザレに関わる歴史を自ら調べたくなるほどドハマリするかもしれません。
ただし、残念なことに、新刊が発売される頻度が遅いです。例えば、11巻が出版されたのが2015年1月、そして、4年以上経った2019年6月に12巻が発売です。内容が面白いだけに待ちきれない!!!と正直思いますが、このクオリティーを維持するためということなので、頑張って待っています。
チェーザレ
どうしても続きが気になって我慢できない!!という禁断症状がでてきたら、こちらを読むのもおススメ。塩野七生さんのチェーザレに対する思いがたくさん詰まった本です。かなり面白いです。
チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷
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